閉園した動物園の話

到津の森の詩―市民の森・到津遊園が育んだ児童文化と環境教育到津の森の詩―市民の森・到津遊園が育んだ児童文化と環境教育

向陽舎 2003-05-10
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★★★★☆

 福岡県北九州市に到津(いとうづ)の森公園という動物園がある。
 到津の森、私としては世界一の動物園だ。異論があるという方も、現園長の岩野俊郎氏と今や日本一と言われる旭山動物園の名誉園長・小菅(こすげ)正夫氏が数十年も親友であるという点、つまりお互いが認め合った者同士という話を聞くと、ちょっと興味をもっていただけるだろうか。

 到津の森はかつて到津遊園と呼ばれていた。
 1998年4月20日、西鉄「到津遊園」の廃園が発表された。

 西鉄とは西日本鉄道株式会社の略称で、バスやら電車やらを運営している企業だ。この西鉄の前身会社が沿線住民への社会貢献を目的に、1932年(昭和7年)に開設した遊園地(のちに動物園が併設)が到津遊園であった。

 到津遊園は、戦争をくぐりぬけた歴史を持ち、動物園のサマースクールとしては日本一古い「到津遊園林間学校」では、のべ5万人の子どもたちが学んだ。
 北九州市の真ん中に位置し、都心からも近く、にもかかわらず全国有数の照葉樹林を備えたこの市民のオアシスはしかし、近隣のレジャー施設の増加や施設の劣化、動物園人気の低下等々の理由から赤字を累積した挙げ句、西鉄そのものの財政まで圧迫し、2000年(平成12年)5月31日、閉園した。

 ところが「到津遊園」は復活した。2002年(平成14年)4月に、その名を「到津の森公園」と変えて市民の前に帰ってきた。
 到津遊園は大改装を行い、その歴史を内包したまま、まったく新しい市民の憩いの場となった。

 この復活劇を、その立役者である北九州インタープリテーション研究会が綴ったのがこの本である。
 こうした記録の場合、存続運動の推移や成果を滔々(とうとう)と語るものかと思いきや、書面のほとんどを到津遊園そのものの記録や成果に費やしている点が素晴らしい。
 その姿勢こそが、同団体の打算のない真摯な姿勢とレベルの高さを物語る。

 この本を読むときっと誰もが腑に落ちる。
 あのコンクリート剥(む)き出しの檻の、時代遅れの動物園が、その閉園が決まった途端、閉園反対と市民が立ち上がり、マスコミが動いたのか。北九州市が施設を買い上げて存続を決定することができたのか。腑に落ちる。
 到津は復活するべくして復活したのだった。 

 私は今の日本の子どもたちのために動物園こそが必要だと思っている。
 学校で金やらビジネスやらパソコンやらを教えるより前にすることがある。動物園を味わうことだ。

 いのちを感じ、考えること。いのちってなんだろう。私は誰だろう、私が存在しているってどういうことだろう・・・。
 僕らヒトが生きるにあたりいちばん大事なこと。名誉とか金とか快楽とか、老化への忌避や死への恐れとか、そんな些細なことをすべて超越する大事なことについて、考える手がかりが動物園にはあふれている。

 だから到津を復活に大きな力を与えてくれた北九州インタープリテーション研究会には本当に感謝してもしつくせない。僕の人生は到津の森に出会って確実に変わったから。
 この本を読めてよかった。

 
 そうそう、閉園から再開までの流れを、岩野園長側から見た記述はその著作「戦う動物園―旭山動物園と到津の森公園の物語」 (中公新書)に詳しい。興味がある方はコチラの記事もご覧ください。


到津の森公園 公式サイト
http://www.kpfmmf.jp/zoo/


戦う動物園―旭山動物園と到津の森公園の物語 (中公新書)戦う動物園―旭山動物園と到津の森公園の物語 (中公新書)
島 泰三

「旭山動物園」革命―夢を実現した復活プロジェクト (角川oneテーマ21) 動物園にできること (文春文庫) 旭山動物園園長が語る命のメッセージ 旭山動物園の奇跡 旭山動物園のつくり方 (文春文庫PLUS)

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