子どもとカバの関係についての考察



 10月9日(2006年)に西山登志雄氏が亡くなっていたらしい。享年77歳。いつのまに、残念です。
 それは誰だと問われれば、ホラこの写真の方ですよ。だから誰だって? 「カバ園長」と呼ばれた男です。東武動物園の名誉園長。これでも誰だという方は、昔、動物の普及に努めた名物園長がいて、その人が亡くなったんだな、とそういうふうに思っていただくと充分です。

 かつて、カバ園長は、そのユーモラスな名前と親しみのあるお人柄から、名物園長として各種メディアに引っ張りだこでした。CMに出演したり、モデルとなったマンガ(「ぼくの動物園日記」)もあったりね。
 そういえば教育評論家の安部進(あべすすむ)さんはカバゴンと呼ばれていますね。ふたりともメディアにたくさん顔を出し、子どもの育みについて活動をしていました。そのふたりがなぜか両方ともカバの看板を背負うふしぎ。カバって見た目がどこかまぬけなで、それが子どもに愛されていると思うけど、このあたりがカバを名乗ったポイントなのかもしれません。カバ恐るべし。
 でも、最近はこういう人を動物に喩えるようなキャラクターづけはあまり見かけませんね。流行らないのかな。「天然」とか「毒舌」とか「食いしん坊」とか「萌え」とか「デブ」とか、人間の「キャラ」化はますます促進されているのに、どれも直接的な表現ですよね。そう思うと、カバ園長とかカバゴンみたいな喩えって、ちょっと詩的ですらあると思います。

 さて、カバ園長は幾つか本を出しています。僕が子どもの頃、わが家にもカバ園長の本が一冊ありました。たくさんの動物の写真とイラストと、それら動物にまつわる面白いエピソードがいっぱい載っている本でした。1978年に出版された「動物賛歌―動物と話ができる男の話」です。

 詳しい内容はほとんど憶えていませんが、それを見るのが大好きだったことは憶えています。小学校に入る前から何度も何度も見ていた気がします。動物たちの写真を見るだけで楽しかたのです。やがて字が読めるようになってからは、ますますのめり込みました。動物の話が好きだったんですね。絵と文がちょうどよい形で共存していた本だったのだと思います。
 なぜ、こんなにも飽きることなく好きであり続けたのか。もちろん被写体(動物)自身と写真のレベルが単純に素晴らしかったのもあるでしょう。だから字が読めない頃の僕をも虜にした。けれど今思えば、最も大きい理由はカバ園長だったんですね。

 この本で初めて出合ったどこか知らない動物園の動物たちは、僕にとっては「カバ」「ライオン」「ゾウ」という種類の動物に過ぎません。生きているひとりひとりではなく、紙の上のデータです。でもそこにカバ園長の話がのっかる。
 「こいつは5年前の雨の日に生まれてね、こいつの母親は初めてのお産で・・・」「いやあ、この子は馬のくせに人参が嫌いでね。困っちゃってねえ。だから何をしたかというと・・・」
 この本にこんな話があったかは定かじゃないですが(たぶん無い)、動物の名前やエピソードがたくさん載っていたのです。このとき、僕にとって本に載っている動物は、たとえばカバだったとしたら「カバ」という種族ではなく、まだ会ったことはないけど「カバ夫(仮名)」という誰かになっちゃったんです。さらに、動物を紹介してくれているのが、テレビとかで一方的だけど僕が知っているおっちゃんなんですよね。友達の友達は皆友達ですよ(笑) 大切な友達との思い出の品を「飽きる」なんてあるものか。

 とにかく僕が今でも動物が好きだったり、ひいては動物が生きる自然が好きだったりするのは、カバ園長の初期教育の影響が大きいんだろうなと、改めて心から思います。氏のご冥福をお祈りいたします。

 「ぼくはカバが大好きである。カバもぼくが好きである」(西山登志雄)
関連記事
スポンサーサイト

Comment

Leave a Reply


管理者にだけ表示を許可する