少子化対策(補記分)

mixi日記の何かについての(何かは忘れましたw)記述の補記のようですが、僕が動物を見るときに大切にしている考え方なので転載しました。


これこの一例しか知らぬから、ほかもみんなそうだと思っていたら、意外に希有な例であったようだ。
4ヶ月健診で医者が言っていたらしい。元気ですね。・・・本当に、元気ですね。繰り返した。心底言った。看護士さんたちも唱和した。あら、お元気ね。うわあ、元気ですね。
そして気になっていたこと。これはもう座っているのかしらん、首。妻問うてお医者様曰く、ああ、もうこれ座っていますよ。なんとそうなのか、これでも。
ぐらんぐらんしているからまだ座っていないのかと思ったら、自身で固定する気持ちが足りないだけだった(笑)
その彼が昨夜38度を超える熱を出した。今朝治った。同時に、見たことのない黄色いものを吐いた。
毎日初めてのことばかりでなんと愉快であることか。
想像を超えた予測のできないスペクタクル、海山に行くのと同じ興奮が自宅で手軽に味わえる。さあ、みなさんもどうですか。赤ちゃん。

とはいえ彼はたまたま妻の腹から出てきただけで、別に僕らの意志で産んだものではない。
実は人は我が子を生むことはできない。
出てきたのが彼であったのは僕らにとっては偶然だ。出てくるのは違う子であったかも知れない。
産んだのは確かに妻だけど、妻は「この」彼を選んで産もうとしたわけではない。もちろん、産もうとしたところで「この」彼を選べはしない。
やはりこれは我が子であって我が子でない。
彼は僕らの子どもという体裁で母体から産まれてきたけれど、僕らの「もの」ではなかった。たまたまの授かり物、天与のものである。
昔の人は、このことを受けて「赤ちゃんはコウノトリが運んできてくれる」と言った。これは決して逃げ口上などではない。今の僕たちよりよほど真っ当な命への向き合い方だと思う。

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