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動物たちに魅せられて

「ひろば北九州」内の連載の書き写しシリーズです。
始めた理由は、興味ないかもしれないけど、いちおう、ね。→コチラ


今回は「ZOOっとそばに到津の森」(「ひろば北九州」2011年8月号)分!


石橋祐一さんです。
先日アップした「動物園いつ行くの? 雨でしょ!」で触れた、ニホンザルの担当の方ですね。
「ブー」というサルの死に対する向き合い方に、僕は強く心が揺さぶられました。

ところがこの2011年の文章に見て取れる、死に対する冷静な態度たるや。淡々としててワロタwwwww
いえ同時に「死に向き合う」ことの大切さついても、真摯に語っているけども。ねぇw

文を読むとわかるのですが、当時の石橋さんは、飼育展示係として「壁」を超えることができていないと自戒しています。あれから2年。今、石橋さんはどうのようにお考えなのでしょうか。それはわかりません。
ただこれだけは言っておくよ。僕は言っておくよ。

僕は石橋さんのニホンザルの話を聞いて、「ブー」への取り組みに接して、前よりもっとニホンザルに興味を持ちました。ニホンザルが好きになりました。

しかし石橋さんアンタ・・・子どもの頃の思い出が昭和過ぎるわ!wwwww


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「動物たちに魅せられて」

文:到津の森公園 飼育展示係 石橋佑一


itouzoo_17.jpg

 私は島根県出身です。家の周りには田んぼや山、川、海があり、幼少の頃から自然と接する環境に恵まれていました。田植えの季節にはその手伝いをしながら、タイコウチやゲンゴロウ、ドジョウを捕まえ、夏になれば海でアメフラシやジンジを、山でカブトムシやクワガタを捕まえるなど、生き物を捕まえるのが子どもの頃の遊びでした。中学生になる頃まで実家に牛を飼っていて、休みの日はよく牛小屋の掃除を手伝っていました。あの牛の舌で舐められた後の何とも言えない匂いは今でも覚えています。

 小学生の頃の夢は、動物関係の仕事に就くことでした。確か、卒業アルバムにもそう書いていたと思います。高校卒業後は北海道にある動物関係の専門学校に通った後に到津の森公園に就職しました。今年(※2011年)で5年目になりますが、まだまだここでは新人。動物の奥深さを感じつつ、日々手探りで飼育業務に励んでいます。

 最初に担当したのはムササビと日本の野鳥たちでした。飼育員としての第1日目は動物の「死」から始まりました。先輩に連れられて園内の施設「ムササビの森」に行くと、木の洞にミイラと化したムササビを見つけました。7月の暑い時期です。持ち上げた死体からはウジ虫がぼとぼとっと落ちてきました。「初日からこれかぁ」。そう思いつつも、なぜ死んだのだろうと死体をまじまじ見ている自分がいました。

 「ムササビの森」の近くに野鳥を展示する施設「こもれびの径(みち)」があります。ここはお客さんが自由に出入りできる場所です。ただ、時々招かれざる客が来ます。午後の巡回での出来事でした。そこにいたのは、お腹がぷくっと膨らんだヘビのアオダイショウでした。「やられた・・・・・・」。とっさにそのヘビを捕まえました。食べていたのはムクドリでした。鳥が逃げることができない幅の金網から侵入し、自分の頭より大きな鳥を食らう。何とたちの悪い生き物なんだ・・・・・・(そうは言いつつ私はヘビが大好きなのですが。)園内で鳥を襲うものは、ほかにもイタチがいます。彼らは鳥が寝ている夜に、金網のわずかな隙間や時には網を破って侵入し、襲いかかります。そのほかムササビ自身の子殺しも経験するなど「死」はやりきれないものですが、それと向き合うことも飼育員の仕事です。

 一方で「生」を感じられるのも飼育員です。入職当初、手のひらに乗るようなノウサギが、誘拐されてきました。誘拐といっても、独りでいたところを親とはぐれたものと勘違いされ連れてこられたのです。この子は私が初めて人工哺育したキュウシュウノウサギでしたので思い出があります。後に保護されてきた雄と結ばれ、たくさんの子が産まれました。あの子ウサギは今では女帝のような存在になっています。

 仕事を進めていくうちににぶつかりました。それは来園者に動物を魅せて伝える方法でした。担当のムササビや野鳥はゾウやライオンと比べると、ぱっとしません。おまけに施設はひと気の少ない園内の森の端っこ。もちろん、飼育員になったからにはどうにかして動物の素晴らしさ、魅力を伝えたいと思っていました。しかし、実際やるとなると思うようにはいきません。昼間は丸くなってずっと寝ているムササビたち。しかし、夜になると豹変します。木から木へ滑空する活発な姿はまるで別の生き物のようです。「自然を感じながら、動物の生命が感じられるこの魅力を伝えよう」と答えは出ていましたが、うまく伝えることができません。ただ、私はあの木々に囲まれ静まり返った森の中で、野鳥のさえずりを聞きながら作業するのが大好きでした。そう考えているうちに気がつけば2年が過ぎ、担当替えになりました。

 新人だったとはいえ、思うようにできなかった無念さを引きずりながら、次はアライグマとニホンザルの担当になりました。普段の生活ではどちらもお目にかかれないのに、最近ニュースで取りあげられるなど意外と身近な存在である動物たちです。しかし、外来種や猿害などいい話題ではありません。園内では彼らに売り餌をあげられます。たいていの来園者は「かわいい」を繰り返しながら餌をあげて喜びます。それ自体、私たちには嬉しいことですが、もっと嬉しいのは、単なる「かわいい」を越えて、その動物の行動や本来の姿に気づいたり、解説板や展示物に興味を示してくれたりした時です。そこには動物の不思議や魅力はもちろん、飼育員からのメッセージもいっぱい詰め込んでいます。動物からたくさんの事を学んでほしい、魅せられてほしいと願って工夫した様々な仕掛けがあります。


■魅力を来園者にうまく伝えたい。


 私は全国の動物園に遊びに行くと、ことさら獣舎や展示物に目が行きます。特に自分の担当している動物がいると目の色が変わります。一種の職業病でしょうか。飼育員はたいていそうなのだと思います。他の動物園はどうしているのか、自分の園に役立てられることがないか、そこからいいアイディアが浮かばないか・・・・・・と見続けてしまいます。動物園で動物を見ずに看板ばかり見ている人は、どこかの飼育員かもしれません。

 私たち飼育員は日々動物たちの健康を管理し、世話をしなくてはなりません。飼育環境も整えなくてはなりません。そのために、勉強だってしなくてはなりません。皆さんにもっと満足していただくために、私自身も動物のことをもっと知らなければなりません。

 坂道の多い園内を歩き回って穴が開いた靴下は数知れず。

 最初の頃、先輩たちからよく言われました。「飼育員とは追えば追うほど終わりのない仕事だ」。最近つくづくそう感じでいます。



【到津の森公園(小倉北区上到津)】
 前身は西鉄が経営する到津遊園。昭和7年開園。遊園地に併設された動物園として市民に親しまれたが、平成10年、経営難を理由に閉園方針を発表。だが、26万人分の存続署名が集まり、北九州市が引き継ぎ、平成14年、到津の森公園として再開。
 自然に、動物に、人間にやさしいをコンセプトに、約100種500頭の動物を展示。また、「市民と自然を結ぶ窓口」として、市民がエサ代などを寄付できる制度、エサの準備などに協力する市民ボランティア制度もあり、市民と一体となった動物園づくりをしている。

web http://www.itozu-zoo.jp/


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岩野園長は、到津の森のことを「いつまでも描き続けていくキャンバスのようなもの」と言っています。「市民と一緒に描き続けるキャンバス」と。
上から下まで、みんな自分に厳しいのう。反省。>おれ

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