マ サ カ ズ

「ひろば北九州」内の連載の書き写しシリーズです。
始めた理由は、興味ないかもしれないけど、いちおう、ね。→コチラ


今回は「ZOOっとそばに到津の森」(「ひろば北九州」2011年7月号)分!


書き写しているこの連載の中で(最終回まで見ても)いちばんシンプルなタイトルでした。「マ サ カ ズ」。
今回の書き手である今田さんの別の回のものも含め、すべてのタイトルには、書き手の願いや使命感が表されていました。しかし今回は「マ サ カ ズ」。なんだこれ。

マサカズとは、かつて到津の森にいたアミメキリンの個体名です。彼はある事故で死にました。
タイトルとしてはシンプル極まりない。どんな意味があるんだよ。いや・・・ほんとうはわかってんだ。

きっとどんな表現でも足りなかった、何を言ってもピタリ当てはまるタイトルが浮かばなかったのです。
当然です。これから語りたいのは彼のすべてと、彼への思いすべてなのです。
すべてを一言のタイトルでは言えるかよ。
だから絞り出すように、万感の思いを込めて「マ サ カ ズ」と記すしかないのです。知らないけど。

いつもと明らかにノリが違う回となっています。
誤解を恐れずに言えば、臨場感がスゴイのです。映像が浮かぶほどです。
結果は「死」だとわかっているのに、映画のように「奇跡」を期待してしまいました。もちろんそんなことは起きません。現実は何も変わらない。
つまり僕にとってマサカズは今も特別だということも変わらない。

おれさ、あのとき妻と2人で、百合の花束を送ったんだよ。

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「マ サ カ ズ」

文:到津の森公園 飼育展示係 今田文


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 到津の森公園には、かつて立派な雄のキリンがいた。その名はマサカズ。とにかく体が大きくて性格が穏やかなマサカズは、いまなお飼育員の間で語られることの多いキリンだ。

 マサカズは1988年7月13日に埼玉の動物園で生まれた。父の名はサタロウ。母の名はマツエ。両親の名前も時代を感じさせるものだが、マサカズという名前はとりわけ親しみやすかったようだ。マサカズという名前を紹介すると、しばしばどよめきがおきた。たまに、「えっ。俺と同じ名前・・・」というお父さんと遭遇し、子どもたちが大喜びすることもあった。亡くなったご主人と同じ名前に親しみを感じ、長年通って来られたご婦人もいたほどだ。

 マサカズは1歳の時に、はるばる北九州へやってきた。幼い頃から穏やかな性格で、常に落ち着いていたらしい。ある時、あまりにものんびりと座っていたので、ふと背中に乗れるのではと思った飼育員が、そっと乗ってみたそうだ。マサカズは何事もなかったかのように反芻(はんすう)をし続け、飼育員を心底あきれさせた。

 何事にも動じない性格は、時に体の健康管理に役立った。竹箒(たけぼうき)を見せる値、背中や首といったかゆいところをすり寄せてくるのだ。また、餌に夢中になっている間に、伸びすぎた爪をノコギリで切ることさえもできた。ほかのキリンでは決してできないことだ。また、安全のために運動場には電柵が設置してある。ある日ふと気がつくと、電柵に接したまま、マサカズは植栽の木々を黙々と食べていた。ビリビリ痛いはずなのだが、そんなことはお構いなしといった様子。もはや「何かの健康法では?」と笑うしかなかった。

 いつも穏やかなマサカズだが、時にみんなを驚かせた。ある時、たまたまいつもと違う場所に大好物の餌が袋ごと置かれていた。届くはずがなかったのだが、マサカズは見事に餌を引き寄せた。そして、袋入り20㌔の乾燥トウモロコシを、きれいにたいらげてしまったのだ。食べすぎによりお腹は見たこともないほど膨れ、マサカズは動けなくなった。なんとか数日後に回復したが、当時の飼育員は「あの時ほんとうに死ぬかと思った」そうである。

 ちなみに、マサカズの大好物はナスとタマネギ。ふだんはシイやカシといった木の葉や飼育中心の粗食だが、たまにニンジンやリンゴを見せると、遠くをぼんやり見つめていた目がバチーっと見開かれたものだ。

 のんびり平穏な生活をおくっていたマサカズに、2004年、15歳も年の離れたお嫁さんがやってきた。それが、名古屋生まれのマリアである。到津の森公園にきた当初、マリアは怖がりで、ちょっとした変化でも緊張して動けなくなるか、パニックで走りまわっていた。そんなマリアも、マサカズが見える場所にいると落ち着き、しだいに新しい環境になれていった。

 そして4年後、ついにお見合い日がやってきた。先に運動場に出たマリアを見つけたマサカズは、信じられない速さで、風をきるかのように運動場に向かっていった。ずっと待ち望んでいたのだろう。2頭は仲良く寄り添い、なんの問題もなくお見合いの日は続いていった。

 7月。マサカズ20歳。まだまだ長生きをして、目指すは日本一のご長寿キリン。マリアとの間に子どもをと、みんな期待していた。けれども、別れは突然にやってきて―。


■別れの鳴き声を飼育員らに残して


 2008年7月25日。日課となっていた朝礼前の餌やりをするため、マサカズとマリアの待つキリン舎へむかう。「今日も天気がいいから。お客さんも多いかな」と考えながら、荷物を運ぶためにいつもとは違う扉から建物にはいった。

 「あれ? 音がない」

 こすれる藁(わら)、小鳥の羽音。朝のざわめきがするはずの建物のなかには、まるで雪が降りしきる日のように音がなかった。静けさが耳の奥にずんと響く。瞬間的に何かが起きていると、心臓が高鳴った。いそいでミーアキャット、次いでシマウマの無事を走りながら確認する。ふと振り向くと、いつもならあるはずのない床面に、マサカズの大きな体が見えた。生きている気配はする。とにかくみんなに知らせないと。横目で確認しながら、全速で事務所までの坂道を駆け下りていた。

 次々と飼育員が駆けつけ、なんとかしてマサカズを立ち上がらせようとする。体重1㌧を超えるキリンは、長時間同じ姿勢で座っていると、自重で内蔵が圧迫され、死にいたる。ありったけの藁(わら)とおがくずを、マサカズのまわりに敷きつめ、立ち上がりやすい体勢にしていく。首と脚を動かし、立ち上がろうとするマサカズ。けれども、しだいにその間隔は長くなり、壁にもたれかかった頭を持ち上げることもなくなっていった。

 モォー!

 うつむき、見守るしかなくなった私に、聞きなれない音がきこえてきた。

 モォー! モォー!

 それは、キリンの鳴き声と気づくまで、しばしの時間を要した。マサカズが鳴いていた。

 キリンは、幼い頃のしかも母親を呼ばなければならないような時にしか鳴くことがない。長年飼育員をしていても、鳴き声を聞いたことがないという人が大多数をしめる。鳴くはずのない高齢のマサカズが鳴いていた。

 「はじめて聞いた」という誰かのつぶやく声が聞こえた。いつしか、鳴き声だけが建物内に響いていた。

 多くの飼育員に見守られて、マサカズは20歳と12日の生涯をとじた。なんらかの理由で転倒し、壁に頭を強く打ちつけたことが原因だった。

 マサカズが亡くなったあと、用意したノートにはたくさんの言葉がよせられた。
「雨の日も風の日も頑張っていたね」
「天国から見守ってね」
 百合の花束が写真の前にそっと置かれていた。そしてマサカズのいない日々が日常となっていった。

 悲しい別れのはずではあったけれど、「なんか、今でもマサカズがいるような気がするんよね」「まだその辺にいる気がするよね」と、なぜかのどかな会話が繰り返された。あまりに大きな存在であったため、なかなか彼の死を実感できなかったのだと思う。

 マサカズはとても立派なキリンだった。たくさんの人たちに愛されたキリンだった。



【到津の森公園(小倉北区上到津)】
 前身は西鉄が経営する到津遊園。昭和7年開園。遊園地に併設された動物園として市民に親しまれたが、平成10年、経営難を理由に閉園方針を発表。だが、26万人分の存続署名が集まり、北九州市が引き継ぎ、平成14年、到津の森公園として再開。
 自然に、動物に、人間にやさしいをコンセプトに、約100種500頭の動物を展示。また、「市民と自然を結ぶ窓口」として、市民がエサ代などを寄付できる制度、エサの準備などに協力する市民ボランティア制度もあり、市民と一体となった動物園づくりをしている。

web http://www.itozu-zoo.jp/


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僕も彼の死に際して書いた文章のタイトルは「マサカズ」だった。「マサカズ」としか言えなかったんだwwwww

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