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動物と共に日々奮闘

「ひろば北九州」内の連載の書き写しシリーズです。
始めた理由は→コチラ。読んでいただけると嬉しい。


今回は「ZOOっとそばに到津の森」(「ひろば北九州」2011年2月号)分!


動物を新しい環境に慣れてもらうとか移動するとかいうのは並大抵のことではないんですね。
電気柵を取り付けるやらストッキングに入れて運ぶやら聞くと、ちょっとヒドイなとか思いますが、理由を聞くとああなるほど、となります。来園者のことや動物自身のことを考えた今のところ最善の「落としどころ」というやつです。
「落としどころ」とはみんなが最もマイナスが少ないということだし、「今のところ」とは今後の改善が前提なわけです。文末に「毎日動物と接する仕事の中で気づいたこと」という表現がありますが、これって「今のところ」と「落としどころ」を意識した姿勢です。現状が最高だと思っていたら気づくなんてありえませんものね。

ところでオウギバトはトラ舎の向かい側にいます。
決して目立つ場所ではないと思いますが、わが家ではなぜかよく話題に出ます。印象深いんですよね。
たぶん、見せ方が見事なんやろな。今度理由を探りに行こっと。

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「動物と共に日々奮闘」
文:到津の森公園 飼育展示係 伊藤暁子


itouzoo_11.jpg

 家族はみんな自然が大好きでした。そのためか、幼い頃から海や川遊び、山菜採りによく出かけていました。体力に自信があったので、子どもの頃から「自然の中で働く夢」を持っていましたが、実際は自然とかけ離れた空港関係の仕事に就いていました。しかし、この職で終わりたくないという思いから、数年後退職し、海外へ2ヶ月間の放浪の旅に出ました。そこで自然の素晴らしさを再認識し、ますます子どもの頃の夢に憧れるようになりました。

 そして出合ったのが旧到津遊園でした。早いもので到津の森公園になって9年が(※2011年時点)経とうとしています。今、動物たちは落ち着いた姿を見せていますが、ここまでの道のりは平たんではありませんでした。

 私が勤め始めて間もなく閉園が決まり、到津の森公園に生まれ変わることになりました。飼育員は長年の飼育動物との別れや旧獣舎の解体、新獣舎の建設など日々の対応追われ、まさに「光陰矢のごとし」。あっという間に新しく様変わりしていまいました。

 動物の展示方法も時代に合わせて変わり、特に大型獣は従来の柵や檻を使わず、代わりに目立たない電気柵を使って動物を見やすくする展示方法になりました、その頃、私は大型獣の担当で、キリンやシマウマ、ライオンなどの引っ越しに関わりました。初めて見る檻や柵のない開放された運動場での飼育に緊張したことを覚えています。

 檻のない運動場にシマウマを馴らすには、まず運動場の周りの一部だけに電柵を取り付け、残りは木柵で囲った状態から始めます。電柵にはシマウマが気づくよう空き缶を取り付けます。慣れない頃は餌に気を取られ、電柵に触れてしまいます。何度か電柵に触れると警戒心が強まり、その付近に近寄らなくなりますが、開始から1ヶ月を超える頃に電柵は、電柵に触れずに餌を食べられるようになります。この頃から徐々に電柵を延長していきます。運動場全体に張り巡らされた頃には、電柵の近くでも砂浴びをする姿が見られるようになり馴致(じゅんち)完了です。

 当園のサバンナゾーン唯一の鳥、フラミンゴの引っ越しも気を使いました。移動の際は長い脚を骨折させないように捕獲し、丁寧に羽をたたみ、脚を折り曲げてストッキングの中に入れます。こうすると暴れずに運べます。こうして1羽ずつ移動させるのですが、群れで行動するフラミンゴは、1羽になると混乱状態に陥るので、細心の注意を払って運動場に放します。
 また、今度の展示は檻がないため、夜間は危険回避のため獣舎に収容する必要がありました。フラミンゴにとっても飼育員にとっても初めての体験です。獣舎に誘導しながら、10羽以上の群れを動かすのは容易ではありません。群れから外れた数羽が何度も電柵に突撃しそうになり、ヒヤッとします。このようにし開園して4ヶ月が過ぎるまでは、動物も飼育員も落ち着く暇がないまま時が過ぎて行きました。

 そうこうするうちに1年が過ぎ、担当業務にようやく慣れてきた頃、急遽(きゅうきょ)、オウギバトやオオサイチョウの担当に命じられました。鳥類飼育の経験が少なく、不安を抱えての出発でした。鳥の担当といえば園内ではどちらかというと地味な存在と思われるでしょうが、大型獣は重労働が多かったことに比べ、鳥類は細やかな作業が多く、神経を使います。また、気候や環境の変化で病気になりやすく、衛生面や健康の管理は大変です。しかし、大型獣にはない魅力があります。中でもオウギバトの繁殖は印象的でした。

 絶滅危惧種であるオウギバトは、名前のとおり頭に扇が付いている世界最大級のハトです。担当した雄はおっとりとしたおとなしい性格で、雌よりかなり年上でした。それに対し、雌は雄に興味を示さない程若く、また、人工育雛(いくすう)で育てられていたため、雄より人に興味があるのか飼育員の側を離れない程の甘えん坊でした。人慣れするとよい母親になれないとよくいわれる中、絶滅危惧種で繁殖例も少ないなど、不安ばかりが頭をよぎります。しかし、心配とは裏腹に春が近づくにつれ、次第に2羽が寄り添う姿が見られるようになり、お見合いの成功にほっとします。

■手助けし、見守って・・・ 報われた時のうれしさ

 夫婦生活が送れるよう飼育員が巣台を準備します。ハトに比べて飛翔力が弱いため、低木に巣を作ります。その特徴に合わせて巣台の位置を決め、巣材を置きます。時々、位置や高さを見直したり、巣材の材料を変えたりすることで2羽の興味を引きます。

 試行錯誤しながら迎えたある初夏の朝、巣台に放置された形の悪い卵を一つ見つけました。調べてみると初卵でした。残念ながら無精卵でしたが、この出来事に繁殖の期待が高まります。

 その期待は秋に訪れました。今度は嬉しいことに2羽が交替で抱卵しています。この頃から飼育員に甘えていた雌の性格が変わり、バシバシと羽で威嚇を始め、攻撃してくるようになりました。この行動は母親になった証拠でもあり、正直うれしくもあり、また手を離れた悲しみも感じました。破卵しないか、抱卵放棄しないか、見守る中、無事、卵はふ化しました。残念ながら数日後雛は圧迫死していましたが、確実に1歩ずつ前へ進んでいます。

 次に変化が現れたのは翌春で子育てに最適な時期でした。雌は頻繁に巣に留まるようになり、雄は巣材を運び込むなど順調です。産卵以降も毎日が緊張の連続で、深間での1ヶ月がとても長く感じられました。雛が誕生した後も、ふ化から1週間は親が雛をお腹で抱えているので姿が見えず不安でした。しかし、私たちの心配をよそに、3週間経つと羽が生え揃い、1ヶ月で立派に成長し、雛は巣立ちました。

 何度か失敗はありましたが、2羽は完璧に子育てをやってのけたのです。時には手助けし、時には見守ってきた私たちの努力は報われました。

 このように絶滅に瀕した動物たちを繁殖させることも私たち飼育員の大切な仕事です。毎日動物と接する仕事の中で気づいたことを伝えることで、ひいては皆さんが環境問題を身近に感じられるきっかけになればと思います。


【到津の森公園(小倉北区上到津)】
 前身は西鉄が経営する到津遊園。昭和7年開園。遊園地に併設された動物園として市民に親しまれたが、平成10年、経営難を理由に閉園方針を発表。だが、26万人分の存続署名が集まり、北九州市が引き継ぎ、平成14年、到津の森公園として再開。
 自然に、動物に、人間にやさしいをコンセプトに、約100種500頭の動物を展示。また、「市民と自然を結ぶ窓口」として、市民がエサ代などを寄付できる制度、エサの準備などに協力する市民ボランティア制度もあり、市民と一体となった動物園づくりをしている。

web http://www.itozu-zoo.jp/


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ひとつの命が育つのってたいへんなんだなー。てか伊藤さんの<放浪の旅>について詳しく知りたいし。


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