今年の漢字~便乗編~ (注:本編はない)

今年を表す漢字は「絆」だそうだ。
その理由は「東日本大震災」とか「なでしこジャパン」とかで絆を再確認した。そういうことらしい。
試合もニュースもひとっつも見てなかったので、なんで「なでしこ」が絆なのかは僕は皆目わからない。なんでなの? いや別に知らなくてもいいけども。

でも震災のほうはわかる。
つい先日、あるイベントで震災に遭った子どもの作文と図画を見て愕然とした。
これが子どもの表現かと。いま僕と同じ時代と国に生きる子どもの言葉かと。
子どもにこんな(どんな?)思いはさせたくないと心底思った。

昨日久しぶりに「復興の狼煙ポスタープロジェクト」のサイトを見た。
感動というのはこういう感情を表す言葉だと再確認した。
なんともやるせない。しかし心が奮い立つ。涙ってあたたかいんだね。


僕は今年、「継」ぐということをずっと考えていたようだ。
続け終わらせないこと。自分が。そして自分が終わっても次の誰かへ。


震災が起きたころ、ない頭でずっと考えていた。
僕にできる支援ってナンダ。
そんなもん考える前から知っていた、変わらぬ日常を生きることだ。
自粛は嫌だった。
震災如きで止めちまうべきな、そんなつまんないことはしていないと思った。
非常事態のときこそ、続けるに値することを毎日ずっとしてきたと思っていた。
新たにやるべきことが増えても、減るなんてことはネー。馬鹿にすんじゃネーよ。なんて思った。実際仕事場でも空気読まずに言ったりもしていた。
今も同じ思いです。

僕の仕事は子育て支援だ。
僕らがしたいのは、目の前のこの子やその家族たちが、とんでもない事態に見舞われたときでも、絶望したままにならない環境を用意することだ。
制度とかじゃない。考えることとはどういうことかを伝えることだ。彼自身の心意気を育む環境を整えることだ。
東北をなんとかしようと行動する存在を育みたい。
未知の不幸を受け止める心を育みたい。
世界をどうとらえ、考え、行動できるか。感謝と不屈の精神を育む手助けがしたい。

人から人へ継いでいき、過去から今、そして未来へ継いでいく。うん「継」だわ。


なんてことを言いながらすまん、やっぱ「陽」だ。
太陽だよ。お天道さま。すべての力の源っぽいし、神さんでもあるしね。
てか陽太郎(息子)の陽だし。陽太郎に恥じないように生きたいわー。
いやそんなこと言ったらおれ死ぬまで「今年の漢字」は「陽」しかないやんけ。

マでも「陽」だよ、「陽」!
とか息子(2歳)の前で、「オマエのことだよ、いい父親だろ?」と言わんばかりのドヤ顔で宣言したらにゃろう、「ぴよ?」だって。台無し。
おあとがよろしいようでー。(どこが?)
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