思い出に残るロバの乗馬

「ひろば北九州」内の連載の書き写しシリーズです。
始めた理由は→コチラ


今回は「ZOOっとそばに到津の森」(「ひろば北九州」2010年7月号)分!


昔話や映画なのでおなじみのロバだが、実は日本には200頭程度しかいないと言われています。
ウィキペディアにもその説が明記されています。さらに、
「中国には、全世界で飼育されているロバの3分の1に相当する頭数が飼われているにもかかわらず、古代から中国の影響を受けてきた日本では、時代を問わず、ほとんど飼育されていない。(中略)
極暑地から冷地の環境にまで適応し、粗食にも耐える便利な家畜であるロバは、日本でも古くから存在が知られていた。しかし、馬や牛と異なり、日本では家畜としては全く普及せず、何故普及しなかったのかは原因がわかっていない。
日本畜産史の謎とまでいわれることがある。」
とあります。けっこうマボロシの動物なのかw
本文中に「文献は大変少ない」とあるのはそういうことなんですね。

今回の成果(僕の)は、「ロバ」という個性のよくわからない動物が、記事を書き写しているうちに友達の家の話のように聞こえてくるところ。
もはや「ロバ」などという種で呼ぶことに罪悪感。「おい、そこのバイト!」みたいな人格無視な感じ?

最後の「思い出」のくだりもタマりません。
親から子どもへ、そのまた子どもへ。舞台はいつもここだった。
これぞ到津遊園の時代から連綿と続く歴史のなせるワザ。ちょっともうこれドラマだよ。


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「思い出に残るロバの乗馬」
文:到津の森公園 飼育員 増田淳一郎


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 私が到津の森公園で働き始めて今年で5年目に入りました。その間にロバやアヒル、リクガメ、グリーンイグアナ、マンドリルやオウムにインコ、チンパンジー、アライグマを世話してきました。

 その中でもロバは、私が最初に担当し、その後4年間ずっと見守ってきた動物です。私が入った頃は3頭しかいなかったのですが、現在は5頭になり、ロバファミリーも徐々に拡大しています。
 この4年間で変化したのは数だけではありません。ふれあい動物園のリニューアルで、ロバの獣舎と運動場も新しくなりました。また、2頭で行っていたロバの乗馬も、現在では4頭で行えるようになりました。

 ここでロバの紹介をひとつ。まず、高齢のオスのスギ、その妹モミジ、スギのお嫁さんとして東京からやって来たコミミの3頭が最初からいたロバたちです。そして、スギとコミミの間に生まれた娘のミミと、今年3月に生まれたミミの妹スモモの計5頭が現在のファミリーです。

 ロバの担当になって初めての大きな仕事は繁殖でした。飼育員になりたてだったので、どうしたらよいか分からず手探りの状態でした。大学時代は家畜の世話をし、ヤギなどを繁殖させたことがありました。その当時の経験が色々と参考になったのですが、ロバでは大きさも種類も違います。

 そこで、まずはどのように繁殖を進めていくのか、資料を読み計画を立てることにしました。しかし、ロバに関する文献は大変少なく、計画を立てるのに苦労しました。

 次に、スギとコミが夫婦として仲良くなるように、お見合いを始めました。最初は短時間のお見合いで、1頭に手綱をつけてゆっくりと近づけるという感じで行い、徐々に時間を延ばしていきました。2頭が慣れてくると手綱を外し、今度は餌を使って互いに近づくようにしました。
 2頭が仲良くなった頃、コミミに発情の時期が来ました。すると興奮したスギが追いかけ回すようになりました。コミミはそれを嫌がり、スギを思いきり蹴飛ばす光景がたびたび見られました。本当にうまくいくのか心配でした。このような行動を繰り返していくうちに何度か交尾が確認できました。そして、発情期が終わり、お見合いは終了しました。

 しかし、うまくいったかどうか分からず、結果判明は数ヶ月後でした。コミミのお腹(なか)が少し大きくなったと感じたので検査することにしました。これは人間もロバも同じエコー検査。私はコミミに立ち会い、モニターをのぞくと、赤ちゃんらしきものが映っていました。妊娠が確認できた瞬間、大変感動したのを覚えています。

 ロバの妊娠期間は1年間。そして、ついに出産当日。私は休みで、朝「赤ちゃんが生まれた」との連絡が入り、飛んで観に行きました。コミミの横にちょこんと小さなロバ(娘のミミ)が立っていました。その姿はとても可愛く見えました。私は妊娠を確認したとき以上に嬉しくなり、自然と笑顔になっていたのを覚えています。

 次の大きな仕事は、このミミの調教と乗馬デビューです。育児を終えたコミミは既にデビューしていました。前の動物園である程度の調教を受けていたので、鞍をつけたり、人に慣らしたりする程度で済みました。しかし、ミミは調教も人に慣れることも初めてです。いろいろな文献を調べ、経験者に話を聞いたりして、手探りで調教を始めました。私の心配をよそに、ミミは素直で人懐っこい性格だったので調教も順調にいき、今年3月に乗馬デビューしました。
 ミミは素直で引く方はとても楽なのですが、乗馬に来る人が多くなると、その大変さが分かってきたのか、嫌がる素振りを見せるようになりました。まだ経験が浅いので仕方がないのですが、後は慣れてもらうしかなく、年を取ってきたスギのためにも頑張ってほしいものです。

 ミミがようやく落ち着いてきた頃、また大きな仕事「コミミの繁殖」の時期がやってきました。今回は2度目だったので前回よりも順調でした。しかし、前回と異なってコミミは乗馬の仕事をしながら妊娠してしまいました。妊娠後期、来園者から「お腹が大きいね」と声を掛けられました。働くお母さんと同様にコミミも予定日の前に産休に入り、無事元気な赤ちゃんを産みました。

 私はこの時も休みで、またしても誕生を電話で知らされることになりました。今回も第一発見者になれなかったという残念な気持ちはありましたが、それでも嬉しい気持ちが強く、その日も一日中笑顔になっていました。


■楽しんでもらえることを最優先に


このように動物の世話のほか、ヤギの餌を売ったり、子どもたちをロバに乗せたり、ウサギやモルモット、カメに触ってもらったり・・・・・・と、私はふれあい動物園で来園者と触れ合うことの多い仕事をしています。
 そのような日々の中で、飼育員でよかったと思う瞬間がいくつかあります。その一つが、イベントやロバの乗馬などで皆さんが喜んでいる姿を見る時です。その根底には、私がこの仕事を選ぶようになったきっかけがあります。

 「何か動物にかかわる仕事をしたい」と思っていた私は、大学の農学部で、畜産の勉強をする研究室に入りました。ウシやヤギ、ブタを構内で飼い、学生が世話をしていました。見学に来た小学生たちに動物を触らせてあげることがありました。彼らがとても喜ぶ姿を見て「将来は動物園で働きたい」と思うようになったのです。そのため、今でも仕事を進める時、まずは皆さんに楽しんでもらえることを最優先に考えています。

 女の子が母親とおばあちゃんに連れられロバに乗りに来た時でした。おばあちゃんが母親に向かって「あんたも乗ったよねぇ」と言いました。また、別の家族連れでは、お母さんが「お兄ちゃんは最初泣いていたけど、あなたは泣かなかったよね」と言っていました。こうした声を聞くたびに、到津の森公園のロバの乗馬の歴史の深さと、たくさんの家族の思い出になっていることを実感して、嬉しくなります。ロバの乗馬は全国でも珍しいそうなので、「ずっと続けなければいけない」と感じています。

 これからも、皆さんに楽しんでもらえるよう、そしてたくさんの人の思い出に残るように、頑張っていきたいと思います。


【到津の森公園(小倉北区上到津)】
 前身は西鉄が経営する到津遊園。昭和7年開園。遊園地に併設された動物園として市民に親しまれたが、平成10年、経営難を理由に閉園方針を発表。だが、26万人分の存続署名が集まり、北九州市が引き継ぎ、平成14年、到津の森公園として再開。
 自然に、動物に、人間にやさしいをコンセプトに、約100種500頭の動物を展示。また、「市民と自然を結ぶ窓口」として、市民がエサ代などを寄付できる制度、エサの準備などに協力する市民ボランティア制度もあり、市民と一体となった動物園づくりをしている。

web http://www.itozu-zoo.jp/

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2012年5月27日、スギは永眠しました。享年20歳。人間で言うと、となどと言うのはナンセンスですがあえて言うと、約70歳だそうです。
約15年間、その背に子どもたちを乗せ続け、家族の思い出を育み、到津の歴史を紡いでくれました。
ありがとう。さらば。


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