時代に逆行する84億円~到津の森開園10周年記念・後編

到津の森公園

つづきです。

2012年4月13日で到津の森公園は開館10周年を迎えました。
意外と新しい動物園です。本当は新しくないけど。

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かつて、北九州市に、「到津遊園」という動物園が併設された民間の遊園地がありました。でも到津遊園は、経営難のため、2000年に閉園してしまいました。
そのとき、「僕たち」北九州市民は、「暴動がおこる」とまで表現される熱量でもって、園の存続を願いました。実に市民26万人の署名が集まったのです。北九州市の人口は赤子を含めても100万人程度であることを考えると、これは驚異的な数字です。

結果はさらに衝撃的でした。
民間企業が経営していた「到津遊園」は、なんと北九州市によって経営を引き継がれ、「到津の森公園」として再開しました。2002年4月13日のことでした。

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再生のための整備費は約84億円。
「民がやって駄目だったものを官が引き受けるなんて時代に逆行していると思ったが、26万人の署名の重みがあった」
当時の市長・末吉興一氏は、先日、新聞紙上で述べていました。英断でした。

あれから10年。

本当に驚くべきは、その後の到津の森と市民の関係でしょう。
両者の関係はひと夏の恋ではありませんでした。
復活のお祝いムードが収束したあとも、到津の森は市民に熱く愛され続けています。
黒字を出すこと自体が珍しい動物園業界で、開園から8年間、到津の森はずっと黒字でした。みんなが動物園へ足を運んだからです。
ここに到津の森と北九州市民の真骨頂がある。

到津遊園の閉園の理由は経営難と僕は言いました。みんなが動物園に行かなくなったということです。
にも関わらず市民は閉園を看過しなかった。できなかった。なぜか。
到津遊園が、常に、市民とともにあったからです。

到津遊園では毎年夏に「林間学校」が行われていました。
小学生向けの5日間程度の体験学習です。1937年(昭和12年!)に始まり、もちろん2012年も開催される予定です。
これはつまり、祖父母、子、孫、あるいはひ孫までが到津の森で過ごした経験をもつということです。北九州に住む全世代にとって、到津遊園は近しい友人であったのです。
大人になって来園する機会は減った。けれど友情まで減ったわけではない。
大切な「友人」が危険にさらされた。だからこそ「僕たち」は立ち上がったのです。

先に僕は、到津の森は8年間黒字だったと言いました。つまり、その後2年間(2010-2011)は、実は赤字だということです。でももう到津の森に失敗は許されない。

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到津の森は、到津遊園のを引き継ぎつつ、さらに進化している真っ最中です。
岩野園長たちは「日本一美しい動物園」を目指しています。来園者がその身を抱かれたくなるような園を。
子ども期という「林間学校」の時代を過ぎ大人になっても、関係が疎遠にならない園を。

閉園。あんな思いはもうゴメンだ。だから僕は到津の森に足繁く通う。到津の森のことをあちこちで話す。
おれたちが到津の森を守る。いや、おれたちこそが到津の森だ。(違う)
もちろん守りたいからだけじゃない。何度も会いに行き、語るに足る深遠を、到津の森はもっている。
要するに面白い。(じゃあそう言え。)

到津の森と僕たち市民は常にともにある。
「僕たち」の未来はどうなるだろう。楽しみでしょうがない。

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1932年、到津遊園、開園。
2002年、到津の森、開園。
2012年、到津に息づく動物園へ。「80」周年おめでとう。

さあ、来たれ。「到津の動物園」に。


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なんだか宗教じみてきた熱の入りようですね。
さて、お忘れのことと存じますが、拙文は2012年4月18日に到津の森に遊びに行ったレポートでしたっけ?
帰り道に息子(3歳)が地面に寝っ転がってた。
何してるかと思ったら「くー!」。て、モジモジくんかおまえは。間違っとるけど。

おちまい。


到津の森公園 公式サイト
http://www.kpfmmf.jp/zoo/

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